風に吹かれて

日常の出来事、思い出、などを綴ります

なんちゅう親だ・・・

       
    久しぶりに 父の夢をみた。
    しかし どんな夢だったか 覚えていない。


    そんなもんだ  夢って・・。


    父と 母・四人姉妹の 準・女系家族
    (そんな日本語はない) だった。



数日 お線香をあげていなかったので 夢に出てきたのかな。
思い出してくれと言うのか。 はいはい そう致します。



戦争中 中国に赴いていた父は  現地の中国人家族と ちゃっかり写真に
おさまっていた。 『この人は 美人だったなぁ』と 回想していた。
敵国の人なのに・・。



父曰く  『 戦争で 戦々恐々としていたのは 上層部の人たちだけで
下層部の人たちは 穏やかなものだった』という。 
鉄砲玉が飛んでくると 『穴に すっぽり入って身を隠した』とも。



衛生兵だった父は 支給された歯磨き粉を 現地の病人に 薬と称し 分け与え
『病気が 治った』と 感謝されたという。 ”  病は気から ”  だね。



内地(日本)に引き上げ 母と結婚した。



戦争から受けたストレスは 父を荒々しい性格に変えていったものと  思われる。
姉と私は  父に ”  背負い投げ~”を よくされ 布団の上に落とされた。 
子供の扱いに 不慣れで、 喜ぶと思ったのでしょう。これは 母を激怒させた。
『子供は 正直だから 作文に書くよ』と言って 止めさせたという。



それから 数年経ち すっかり 元の性格、(穏やかで冗談をいう父) になった。
子煩悩な父は 姉と私を連れて スキーに連れていってくれた。
ゲレンデで食べた おにぎりと豚汁は いまでも 心を温めてくれ 忘れられない。



男の子が欲しかった父は 奮闘空しく 女の子(四番目の妹)が 誕生。
ショックのあまり 産院には 顔を出さず 母を悲しませ 呆れさせたという。
対面したのは、ずーっと後になってからだという。
このことは 妹には 言っていない。




どう~、これで気が済んだぁ⤴ おとっつん! また 夢で会おうよ。


ブログというものに書いてあげたよ~。



    スキーは 高校の授業でもあったわ。      きょうお誕生日のかた
                       おめでとうございます。
  
                       ご訪問 ありがとうございます



                                  【イラストAC】